口腔感染症とは

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歯周病と全身疾患

歯周病は、う蝕と並ぶ歯科の2大疾患のひとつで、歯肉の腫脹や疼痛、歯を支える骨(歯槽骨)の破壊が起こる慢性の炎症性疾患です。最終的には歯が抜けてしまうため、食事や会話などの日常生活に大きな支障をきたします。軽度のものも含めると、成人の約70~80%の人が歯周病に罹患していると言われています。                    

近年、歯周病が糖尿病や誤嚥性肺炎、早産などの原因となることが明らかになり、歯周病が単に口の中だけでなく、全身の健康を脅かす病気であることがわかってきました(右図)。気道や血管を介して肺や心臓に入り込んだ歯周病原細菌が肺炎や心疾患の原因となったり、歯周病によって誘導されたTNF-αなどの炎症性サイトカインが糖尿病や早産を誘発することが、多くの疫学調査や基礎研究から明らかになってきました。

私たちの研究室では、歯周病が誘因となる新たな全身疾患として、「歯周病がウイルス感染症の発症と進展にも影響を及ぼすのでは?」という考えのもと研究を進めています(図4)。また、誤嚥性肺炎予防のための新規口腔用カテキンジェルを開発し、局所ならびに全身疾患の予防にも取り組んでいます。

歯周病と全身疾患

口腔細菌や口腔疾患が原因、または、誘因とされる全身疾患

1.プラーク形成菌や歯周病原菌が原因となる疾患
細菌性肺炎 (表1参照)
高齢者肺炎の大部分が誤嚥性肺炎といわれ、不十分な口腔ケアによる口腔内および咽頭から検出される総細菌数の増加と嚥下障害に伴う誤嚥により発症する。特に、口腔清掃により発症率が著しく低下することから、総合的な口腔ケアは肺炎防止につながる。
細菌性 心内膜炎
口腔疾患や歯科処置後の菌血症が原因となることは古くから知られている。感染部位からは口腔レンサ球菌の分離頻度が最も高い。また、最近は歯周病原菌の検出症例も多く報告されている。心内膜炎ハイリスク群患者は、口腔ケアを十分に行うことや歯科処置実施時の抗菌剤予防投与が推奨されている。
2.歯周病が誘因となる疾患
糖尿病 (図1参照)
さまざまな疫学調査や研究から、歯周病が糖尿病の合併症であるばかりでなく、糖尿病発症のリスクファクターであることが糖尿病学会でも認められている。歯周病は、変部位から全身へ持続的に供給される炎症物質がインスリン抵抗性に影響を与えるため糖尿病発症に関与する一因子と考えられる。糖尿病対策における口腔ケアの重要性が認められ、かかりつけ歯科医の機能を充実するなど、医師会と歯科医師会が連携を深めている地域もある。
動脈硬化
患部から生菌が検出されないことや動物実検条件、また、糖尿病などの基礎疾患や喫煙などの生活習慣が関わっていることもあり、本性と歯周病を主な誘因とすることに疑問視する意見もある。アテローム性動脈硬化部位から歯周病原菌の遺伝子が検出され因果関係が注目されている。歯周病を慢性炎症性疾患と捕らえ、病変部からの持続的な炎症物質の供給がアテローム性動脈硬化の誘因の一つになる可能性は高いと考えられる。
心筋梗塞
動脈硬化と同じ理由で歯周病との関連性が高いとされている。歯周病変部からの菌の侵入経路や成立機序が不明。また、歯周病の評価や冠状動脈疾患の指標などを再検討する必要があるとされるとの意見もあり、今後の詳細な研究により発症機序の解明が求められる。しかし、心筋梗塞のリスクとなる可能性は高い。
バージャー病
閉塞性血栓性血管炎の一種で、遊走性静脈炎の症状を呈し末梢部に潰瘍や壊死を起こす特定疾患治療研究対象疾患(難病)。病変部から歯周病原菌のスピロヘータ(Treponema denticola)が高率に検出されることが医科歯科大学により報告され、歯周病との関連性が注目されている。患者は約1万人前後とされれ減少傾向にあり、発症機序は不明。
早産・低体 重児出産
子宮収縮を促すプロスタグランジン (PGEs) が歯周病の進行と共に妊婦血中に増加し、胎児の成長に影響を与えたり早産をおこすリスクがあるとされている。また、喫煙がリスクを著しく増加させるとの報告がある。
AIDS(潜伏感染HIVの活性化)(図2,3参照)
T細胞やマクロファージの染色体に組み込まれたHIVの遺伝子は、ヒストンタンパクに結合したヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) の作用によりクロマチン構造(ヒストンタンパクにDNAが巻き付いた状態の総称)をなし、自ら複製を抑制して長期間潜伏感染する。歯周病原菌が産生する酪酸はHDACの脱アセチル化を阻害するため、クロマチンの構造が弛緩しHIVの転写が起こりやすくなりウイルス粒子の複製が始まることを落合らが報告した。また、歯周病により血中濃度が上昇するTNF-αなどの炎症性サイトカインもウイルスの転写を促進する。局所と全身的な因子の相乗作用によりHIV再活性化の可能性が高まる可能性がある。
3.歯周病が誘因となる可能性を指摘されている疾患

がん、骨粗鬆症、肥満、メタボリックシンドローム、腎臓疾患、関節炎

歯周病原菌の内毒素などによりマクロファージや白血球からTNF-αなどの炎症性サイトカインが産生されると共に、肥満細胞からもTNF-αが産生されインシュリンの作用を阻害(インスリン抵抗性の惹起)する。また、脂肪組織には多量のマクロファージが浸潤している。歯周病患者では細菌の内毒素が、重度の肥満患者では遊離脂肪酸がこれらの細胞に作用して大量のMCP-1やIL-6などの炎症性サイトカインを産生させCRP値が上昇する。(文献5、6より引用改編)

  • 図1:歯周病、肥満と糖尿病との関係
    図1:歯周病、肥満と糖尿病との関係
  • 表1:誤嚥性肺炎の主な原因微生物
    誤嚥性肺炎の主な原因微生物
図2:歯周病原菌P. gingivalisによる潜伏感染HIVの再活性化の模式図
図2:歯周病原菌P. gingivalisによる潜伏感染HIVの再活性化の模式図
潜伏感染状態

潜伏感染状態にあるHIV遺伝子は、HDACにより抑制性のクロマチン(ヘテロクロマチン)が形成されるため、活性化因子等がHIV遺伝子に作用できずウイルスの複製は起こらない。 

活性化状態

P.gingivalisが放出する酪酸はHDACを直接阻害し、HDACが遊離することによりオープンクロマチンが形成される。その結果、活性化因子がHIV遺伝子に結合できるようになり、HATによるヒストンのアセチル化(Ac)も誘導され、最終的にはRNAポリメラーゼが呼び込まれHIVの転写が起こると考えられる。(文献9参照)

図3:歯周病による局所(口腔)と全身でのエイズ進展の可能性
図3:歯周病による局所(口腔)と全身でのエイズ進展の可能性

HIVに感染すると免疫機能と唾液の分泌量が低下するため、歯周病原菌が増殖し歯周病が進行する。歯周組織にはHIV感染T細胞や単球系細胞が豊富に存在しており、歯周病によって増加した酪酸と炎症性サイトカイン(TNF-αなど)により潜伏感染HIVが活性化される。刺激を受けウイルスの転写が再活性化状態になった細胞が血中を介して全身へ移行することも考えられる。また、私たちは歯周病原菌がEBウイルスとカポジ肉腫関連ヘルペスウイルスも活性化することを見出しており、歯周病がAIDS関連病変である舌毛様白板症とカポジ肉腫の発症に関与している可能性がある。さらに、歯周病患者では血中のTNF-α濃度が上昇している事が知られており、歯周病は局所と全身の両方で潜伏感染破綻のトリガーとなり、AIDS進展の危険因子となっている可能性が示唆される。(文献10参照)

図4:歯周病が誘因となる全身疾患
図4:歯周病が誘因となる全身疾患

歯周病が糖尿病や肺炎など全身疾患に与える影響が明らかになりつつある。ウイルス感染症にも歯周病をはじめとする口腔疾患が何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられる。「ペリオドンタルメディスン(歯周医学)」という概念がウイルス感染症にもあてはまるのか、医科をはじめとするさまざまな分野と連携し研究を進めている。

参考文献

  1. 奥田克爾:口腔細菌の感染の仕組み. "歯周病と全身の健康を考える"長谷川紘司他偏、医歯薬出版、東京、p.29-35、2004
  2. 奥田克爾:口腔内バイオフィルム、医歯薬出版、東京、2004
  3. Rose LF et al ed : "Periodontal medicine" BC Decker Inc. London, Saint Louis, 2000
    (宮田 隆監訳、:ペリオドンタルメディスン、医歯薬出版、東京2001)
  4. 下野正基ほか:歯周病の病態、 "Preventive periodontology"
    鴨井久一、花田信弘、佐藤勉、野村義昭偏、医歯薬出版、東京、p.8-22、2007
  5. 河野隆幸、西村英紀:歯周病が糖尿病に与える影響、鴨井久一、花田信弘、佐藤勉、
    野村義昭偏 "Preventive periodontology" 医歯薬出版、東京、p.78-84、2007
  6. Nishimura F, et al: Porphyromonas gingivalis infection is associated with elevated C-reactive protein in nonobese
    Japanese type 2 diabetic subjects. Diabetes Care 25: 1888, 2002
  7. Scannapieco FA: Role of oral bacteria in respiratory infection. J Periodontol 70: 793-802 , 1999
  8. Yoneyama T, et al: Oral care and pneumonia, Lancet 354: 515, 1999
  9. 落合邦康、今井健一:HIV/AIDSと口腔―最新の知見から口腔のHIV感染症を考える― 日歯科医師会誌、62: 19-32, 2009
  10. 今井健一, 落合邦康:口腔内細菌とウイルス感染症 -歯周病原菌によるエピジャネティック制御を介する潜伏HIVの再活性化機構-.化学療法の領域 27(1), 50-61,2011

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