研究テーマ/実績

HOME > 研究テーマ/実績 > 今井健一:微生物と宿主との相互作用機構の解明と疾患発症への関与

ウイルスおよび細菌と宿主との相互作用機構の解明と疾患発症への関与 -今井健一

1. 微生物間相互作用による歯周疾患発症機序の解明

口腔は未同定の菌を含め約700種類もの細菌が生息しており、さらに、多くのウイルスも存在していることが知られています。歯科領域の2大疾患"歯周病とう蝕"は、細菌感染症であることから口腔細菌学や免疫学領域の研究には多くの研究者が参画し、その全貌はほぼ解明されました。しかしながら口腔には、HIVをはじめ、伝染性単核球症や上咽頭がん等に関わるEBウイルス、そして、冬季に流行するインフルエンザウイルスなど重要なウイルスが存在しているにもかかわらず、ウイルス研究は未開拓な分野です。口腔領域のウイルス感染は、さまざまな全身疾患とも関係することから、ウイルス研究は口腔の重要性を広く認識する研究課題と考えられ、今後の発展が期待されています。

近年、興味深いことに細菌感染症と考えられていた歯周疾患(歯周病や根尖性歯周炎)の発症と進展にウイルスが関わっているのでは?という報告がなされています。実際の臨床現場では必ずしも歯周病原菌と歯周病の進行度が関連しない場合があること、進行性の歯周疾患においては歯周病原菌よりウイルスのほうが病態により密接に関わっているとする研究成果が積み重なっています。しかしながら、ウイルスがどのように歯周疾患の発症に関わっているかについては全く解っていません。その要因のひとつとして、ほとんどのウイルスは潜伏感染状態(眠っている状態)にあり、それがどのように活性化され病気を引き起こすウイルスとなるのかがよくわかっていない事があげられます。私たちは、ウイルスと歯周疾患発症の関係を明らかにするべく研究を進めています。その成果として、歯周病原菌Porphyromonas gingivalisが潜伏ウイルスを再活性化する事、そのウイルスから放出された蛋白質が歯周組織細胞からの炎症性サイトカインの産生を強く誘導する事を見出しました。炎症と骨吸収が病態の特徴である歯周疾患において、炎症性サイトカインは最も重要なキーファクターです。細菌とウイルスが負の連鎖をつくり、歯周疾患の病態を悪化させていることが考えられます(図参考)。現在、歯周病科や歯内療法科、また病理学の先生方と共同で臨床と基礎をつなぐ研究を進めています。

「微生物間, および微生物と宿主との相互作用」という新たな視点に立った歯周疾患の病態の理解が、新しい治療と予防法の開発につながることが期待されます。ウイルスが「Periodontopathic Virus=歯周病原ウイルス」となりえるのか?本研究の成果により、歯科医学の発展に少しでも貢献できたらいいな・・・と願っています。

図:口腔における微生物間, および微生物と宿主との相互作用
口腔における微生物間, および微生物と宿主との相互作用

2. 歯周病が誘因となる新たな全身疾患としてのウイルス感染症

「歯科医療は全身の健康と表裏一体のものである」という考えのもと、口腔と全身疾患の関係が注目されています。世界各国から、歯周病と全身疾患を関連付ける疫学的研究や基礎研究が多数報告されるようになってきました。特に歯周病が糖尿病や肺炎などの全身疾患に与える影響に関する情報が広く世間に知られるようになり、歯周病の注目度は高まっています。私たちは、「歯周病がウイルス感染症の発症と進展にも影響を及ぼしているのでは?」という新たな着想のもと研究を行っています(図参考)。特に歯周病原菌がHIVやEBウイルスの複製に及ぼす影響やEBウイルスが関わる炎症やガンなどの病気、そしてインフルエンザに関する研究を進めています。口腔疾患とウイルス感染症、およびウイルス性発がんに関する研究は、口腔ケアの重要性を広く認識してもらうばかりでなく、歯科医療と歯学研究分野の拡大に繋がる可能性が高いと思われます。さらに、こうした研究がエイズやEBウイルスが関与する炎症性腸疾患や関節リウマチなどの重要な全身疾患の病態解明につながることも期待されます。

「ペリオドンタルメディスン(歯周医学)」という概念がウイルス感染症にもあてはまるのか、歯科臨床と基礎研究の両面において、医科をはじめとするさまざまな分野との連携を含め研究を進めています。

図:歯周病が誘因となる全身疾患
歯周病が誘因となる全身疾患

3. ウイルスの潜伏感染維持と再活性化機構の解明

多くの疾患の病因が分子レベルで解明され、遺伝子治療や再生医療を始めとする最先端医療がおこなわれている今日においても、ウイルス感染症、特に潜伏感染ウイルスに対する効果的な治療法はありません。近年、遺伝子発現のON/OFF制御においてヒストンの修飾を介するエピジェネティック制御が中心的な役割を担っていることが明らかとなってきました。最近では、エピジェネティック制御がガンや糖尿病などの病気の発症や、発生や細胞分化といった多くの高次生命現象に深く関わっていることが示され、現在この分野の研究はトピックとなっています。HIVやヘルペスウイルスはわれわれの体中で長期間にわたり潜伏感染状態にありますが、この潜伏感染の維持と再活性化にもエピジェネティック制御が深く関与していることが解ってきました。私たちは、歯周病原菌が産生する"酪酸"という物質が、ウイルス遺伝子のヒストンアセチル化を介して潜伏感染HIVやEBウイルスを再活性化する事を報告しました。同様の現象は、口腔細菌のみならず腸管や女性生殖器に常在する酪酸産生菌においても認められたことから、これら異種微生物による相互作用がウイルス感染症の発症と進展に深く関与していると考えられます。口腔で見出された事実が広く全身にも共通する事は、口腔疾患の重要性を再認識する必要性を示してもいます。

図:ヒストン修飾を介するエピジェネティック制御
ヒストン修飾を介するエピジェネ

4. エイズ患者における口腔の疫学調査とエイズ検査法に関する研究

全世界のHIV感染者数は約3,300万人にのぼり、年間210万人もの人がエイズで亡くなっています。単一の微生物染症としては、マラリア、結核を上回りいまだに最も多くの死亡者をだしていますが、わが国はHIV感染者とエイズ患者が年々増え続けている先進国の中では数少ない国の1つです(図参照)。感染者が増え続けているにも関わらず、保健所などで検査をする人が減少しているという大きな問題も抱えています。

HIVの感染拡大が続き世界規模でのエイズ対策が求められる中、歯科の果たす役割は大きいと考えられます。口腔病変の早期発見と早期治療は、日和見感染の拡大を防ぎエイズ発症を遅らせることにつながり、患者の予後を左右すると言っても過言でありません。実際にエイズ患者の多いアメリカなどでは、歯科医が口腔内科医としてHIV感染の早期発見と感染者の口腔管理などに大きく貢献しています。わが国でも、HIV関連症状を開業歯科医や口腔外科医により指摘されHIV感染が判明したケースも相次いでいます。エイズ患者の寿命が延び感染者が歯科治療を受ける機会も増えており、エイズ進展防止とQOLの観点からHIV感染症における歯科医療従事者の果たす役割は大きくなっています。目の前の患者さんの口腔症状から、的確な判断ができること、場合によっては検査を勧めることの必要性を認識していることが重要です。

私たちは、厚生労働省エイズ対策研究事業班の先生方と共同でエイズ患者における口腔疾患とウイルス量などに関する調査研究や、口腔で行えるエイズ検査の日本導入へ向けた取り組みも行っています。

図:日本のHIV感染者およびAIDS患者の年次推移
日本のHIV感染者およびAIDS患者の年次推移

ページトップへ