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口腔ケア剤による口腔ならびに全身疾患の発症予防 -田村宗明

1. 抗菌ジェルの開発

口腔微生物叢は数百種を超える極めて多くの細菌種によって構成され,複雑な相互作用でバランスを保ちながら,外来微生物の定着・増殖を阻止する重要な役割を担っている。しかし,日常的な口腔ケアの欠如でバランスが崩れた場合,う蝕や歯周病などの口腔内感染症のみならず,糖尿病,感染性心内膜炎,心筋梗塞,肺炎,早産や低体重児出産などの全身性疾患の誘因となることが報告されている。近年,高齢者の増加と共に,高齢者の口腔感染症予防および口腔衛生の向上は極めて重要な問題となっている。特に要介護高齢者は,自立高齢者に比べ口腔内微生物数が著しく増加し,誤嚥性肺炎などを発症する可能性が高い。従って,短時間で効率よく病原微生物を除去できる口腔ケア法の開発が急務である。我々は,要介護者の口腔ケアを目的に開発された保湿用ジェルに特殊加工カテキンを添加したカテキンジェルを用い,口腔細菌に対する抗菌活性を改良型寒天拡散法で検討刷るとともに,その作用機序の解明ならびに臨床応用の可能性についても検討した。被験菌として,代表的口腔常在菌,歯周病関連菌,Candida,MRSAを含むStaphylococcusなど計28株を用いた。寒天拡散法において,発育阻止帯形成(下図)を観察したところ,共凝集能が高く,歯垢蓄積に重要なActinomycesおよびFusobacteriumに対してカテキンジェルは顕著な発育阻止効果を示した。う蝕原因菌のS. mutans,歯周病原菌,Candida症原因菌,MRSAを含むStaphylococcusに対する抗菌活性も認められた。一方,対照として用いた市販口腔湿潤ジェルは,正常な口腔環境維持に重要な一群のレンサ球菌にも発育阻止作用を示したが,カテキンジェルでは認められなかった。S. mutansならびにA. naeslundiiに対するカテキンジェル抗菌活性には,過酸化水素産生量とoxidoreductase活性が関与しているものと考えられた。これらの結果から,カテキンジェルは病原細菌に対して良好な抗菌活性を有するものの,口腔環境維持に重要な常在細菌叢に影響が少ないことから,長期臨床応用が可能であると思われる。カテキンジェルによる口腔ケアは,簡便であるにもかかわらず高齢者の口腔細菌数コントロール効果,局所ならびに全身疾患の予防,さらにQOLの向上に大きく貢献することが期待できる。

抗菌ジェルの開発

2. 抗菌ジェルによるCandida albicansの発育阻止と病原性抑制効果

Candida albicansは高齢者,特に義歯装着者の口腔から検出率が高く,日和見感染症,菌交代症や誤嚥性肺炎の原因菌とされている二形性真菌である。C. albicansは酵母から菌糸変換により宿主細胞への付着能,組織侵入能などが亢進し,病原性が促進される。開発した抗菌カテキンジェルはこの菌の発育,ATP産生ならびに菌糸形変換を抑制していた。さらに,菌糸形成に関連する細胞内シグナル伝達経路(下図)に対するカテキンの影響を検討したところ,特異的な遺伝子の発現ならびに変換に関わるシグナル伝達の抑制が認められた。したがって,カテキンジェルはC. albicansの発育と病原性の発現を抑制することから,カンジダ症の予防に有効であると考えられる。

抗菌ジェルによるCandida albicansの発育阻止と病原性抑制効果

3. 口腔と全身性疾患との関連性解析

当研究室では「口腔が全身疾患の原因となる微生物のリザーバーである」との考えを基に様々な口腔と全身とを結びつけるため,以下の実験を企画・実施中である。

1.ラット歯周病実験モデルの開発

歯周病は成人の約80%以上が罹患する国民病で,歯を喪失する第一の原因である。これまで,口腔清掃不良と細菌性心内膜炎との関係,残存歯数や咀嚼と認知症との関係など,口腔と全身との関係はいろいろと注目されてきたが,細菌性心内膜炎以外は確固たる根拠に基づくものはなかった。近年,口腔と全身疾患との関連性が科学的に検討され,歯周病は単に口腔局所感染症としてではなく,心臓・循環器疾患や糖尿病などの全身疾患と密接に関係していることが報告されている。しかし,実際の口腔を反映した全身疾患との関連性を解明するための動物実験法が確立されたとはいい難い。ラットを用いた既法の歯周病実験モデルは,長期かつ大量の歯周病原菌を長期接種させて歯周病を発症させており,口腔内に留まることの出来ない大量の菌が嚥下され,消化器や他の臓器に対しての直接的に影響を及ぼしている可能性が懸念される。また,過剰に接種された細菌が粘膜免疫応答による免疫寛容などを誘導する可能性が高く,歯周病と全身疾患の関連性について検討することは困難である。したがって,歯周病と全身疾患との関わりを正確に解析するための新たな動物実験モデルの開発が求められる。そこで,より少ない菌量で短期間に歯周病を発症し,かつ,粘膜免疫応答や他の臓器には影響が少ない,ラット歯周病実験モデルを目指したところ,担体を歯間に挿入(下図)することにより,既法よりもより少量の菌で,短期間で歯周病原菌が口腔内に定着し,歯槽骨吸収が顕著に認められるラット歯周病実験モデルの開発に成功した。今後,この動物実験モデルを用いて歯周病と全身疾患との関連性について解明していく予定である。

ラット歯周病実験モデルの開発
2.カンジダ感染ラット実験

C. albicansは口腔常在真菌であり,日和見感染ならびに菌交代症の原因菌でもある。また,この真菌は口腔カンジダ症,肺カンジダ症,腸管カンジダ症,カンジダ心内膜炎ならびに膣カンジダ症の原因菌である。この真菌の感染経路はまず,口腔が最初と推察される。そこで口腔カンジダ症ラットを作成し,その後の全身への波及,様々な疾患への影響についての検討中である。
これらの研究により,口腔が全身疾患発症と深く関与しているというエビデンスを得て,様々な口腔由来全身疾患の予防法の確立が期待される。

4. 抗菌ジェルによる介護高齢者の口腔ケア

要介護高齢者施設(共同研究:藤田保健衛生大学・七栗サナトリウム,藤井 航ほか)にて4週間,カテキンジェルは口腔内に塗布し,塗布前後の主な菌数変化を培養法ならびにReal Time PCRで評価した。その結果,ActinomycesおよびFusobacterium菌数が著しく減少した。また,歯周病原菌数ならびにカンジダ属菌数も減少していた。しかし,初期歯垢形成に関与し口腔の正常歯垢形成に関与する一群のレンサ球菌には影響を与えていなかった。カテキンジェルを用いた臨床治験では,in vitroの実験結果と同様の結果が得られ,口腔の病原微生物の菌数を減少させ,長期的な臨床応用が可能と考えられる。カテキンジェルによる高齢者の口腔ケアは,局所ならびに全身疾患の予防,QOLの向上と介護者の労力軽減に大きく貢献できるものと強く示唆される。今後,新しい天然成分の抗菌物質を含むジェルを用い,より大きな臨床治験を行う予定でおり,現在いくつもの介護型病院との共同研究を企画・実施中である。

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